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福岡高等裁判所 平成6年(う)47号 判決 1994年6月16日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中二五日を右刑に算入する。

この裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官山口勝之提出(検察官事務取扱検事有本恒夫作成)(なお、検察官は、第一回公判期日において、控訴趣意書の別紙「宇佐市議らによる現金買収事犯(その1)」の最下段右から五人目Iの欄の「30」を「10」と訂正した。)並びに弁護人小林達也、同山本洋一郎、同西畑修司連名提出の控訴趣意書及び意見書、弁護人山本洋一郎、同西畑修司連名提出の控訴趣意書(その二)に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

検察官の所論は、要するに、被告人を懲役一〇月に処した原判決の量刑は刑期が短かすぎるので軽すぎて不当であるというものであり、弁護人の所論は、要するに、被告人を懲役一〇月の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり、被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

本件は、平成五年七月一八日施行の衆議院議員総選挙に際し、被告人が、大分県第二区から立候補する決意を有していたTを当選させる目的で、同人の選挙運動者であり、かつ、右選挙区の選挙人であるFに対し、Tのための投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることを依頼し、その報酬として現金一二〇万円を供与し、一面立候補届出前の選挙運動をし(原判示第一の事実)、Tの選挙運動者であり、かつ、右選挙区の選挙人であるOに対し、Tのための投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることを依頼し、その報酬として現金一二〇万円を供与し、一面立候補届出前の選挙運動をした(原判示第二の事実)、という事案である。本件当時、被告人は、宇佐市議会議員という廉潔性が強く要求される公職にありながら、また選挙における買収事犯の違法性も十分知りながら、いずれも市議会議員であるF、Oに多額の現金を供与して選挙の公正を害する犯行に及んでいるので、本件は悪質な犯行といわざるを得ない。被告人が計画したとおり、被告人からF、Oに渡された金員は、同人らを通じて順次小分けされ、約六〇名もの選挙人へ現金が供与されており、この点でも強く非難される(なお、弁護人の所論は、被告人は、本件の金員が末端の選挙人へ配られることを熟知しておらず、Tのための投票を買収する目的で犯行に及んだものではない、というものであるが、<書証番号略>によれば、選挙区の議員定数が削減されたことなどから、Tの当選に危機感を抱いた被告人が、F及びOに投票の買収を依頼する趣旨をも含めて金員を渡したことは明らかであるから、所論は採用できない。)。しかも被告人は、前回の衆議院議員選挙の際も、本件同様の犯行をしていたことが窺われる。被告人は、供与した金員の入手先について供述を拒むなど、反省の態度も十分とはいいがたい。本件犯行が発端となって行なわれた一連の選挙犯罪における金員の流れの中で、被告人は上部にいたものであって、今回検挙された本件関連の多数の人物の中では被告人が最も重い非難を受けるべきである。したがって、被告人の刑事責任は軽視できず、被告人を実刑に処した原判決の量刑も首肯できないわけではない。しかしながら、被告人が供述を拒否するので詳細は不明であるが、被告人自身も上部に位置する人物から本件金員を渡されて供述を依頼されたために犯行に及んだものと思われ、被告人だけの判断で犯行を決意したものではないし、自己資金を捻出して犯行に使用したものでもないので、被告人のみを強く責めるわけにもいかないこと、被告人は本件の責任の重さに思いを致し、原審の審理中に市議会議員及び自由民主党宇佐支部事務局長を辞職したこと、昭和五九年以来右辞職まで市議会議員として市政及び地域社会の発展のために尽力し、功績をあげてきたこと、前科がないこと、かなり高齢の父親、病気で通院中の妻を抱えている家庭の境遇、逮捕されてから第一回目の保釈まで約一か月半身柄を拘束されたこと、被告人の年齢などの事情を斟酌し、また、当審における事実取り調べの結果によれば、被告人と同居している次女は会社員をしているものの、精神発達遅滞のためこれまで被告人を含めた家族の助力を受けながら生活しており、今後も被告人の存在が重要であることが認められること、更に本件と同種事犯の量刑の事情をも考え併せると、被告人に対して今直ちに実刑を科するのは酷な感を免れがたく、今回は刑の執行を猶予して社会内で更生を図らせるのが相当である。

検察官の所論は、被告人に対する刑(懲役一〇月の実刑)は、F、Oに対する刑(いずれも懲役二年、五年間刑執行猶予)より重くなくてはいけないのに、主刑の刑期の点で、前者は後者の半分以下となっているから、被告人に対する刑の方が軽い、というものである。確かに、F(被告人から一二〇万円の供与を受け、その金員の中から、合計六一万円を被告人同様の目的、趣旨で三名に供与するとともに、一面立候補届出前の選挙運動をした。)、O(被告人から一二〇万円の供与を受け、その金員の中から、合計七一万円を被告人同様の目的、趣旨で二名に供与するとともに、一面立候補届出前の選挙運動をした。)の両名は、所論指摘の刑を科されていることが認められるところ、両名と比較すると、前述のとおり、本件を発端とする一連の金員の流れのなかでは、被告人の方が上部に位置することや供与した金額も被告人の方が多いことから考えて、被告人の方が、重い刑事責任を問われるべきものといえる。しかし、F、Oに対しては、刑の執行を猶予する旨の言渡しがなされているところ、右言渡しは刑そのものの言渡しではなく刑の執行に関する形態の言渡しであるとはいえ、それが取り消されない限りは現実に刑の執行を受ける必要がなく、しかも、その猶予の期間を経過したときには、刑の言渡しそのものが効力を失うのであり、実質的には執行猶予のもつ法律的社会的価値は実際において高く評価されており、またされるべきものである。したがって、刑の軽重は、主刑の長短のみによって決するのではなく、刑の執行猶予の言渡しがなされたかどうかという点も併せて具体的総合的に考察し、実質的にどちらの刑の方がより不利益といえるかということによって決すべきである。本件当時まで市議会議員をつとめてきたばかりか前科もないF、Oの場合、刑の執行猶予の言渡しを取り消される可能性は、乏しい。それにもかかわらず被告人のみが実刑判決を受けたのであるから、主刑の刑期の点では被告人の方がF、Oよりかなり短いけれども、実刑に処せられた被告人に対する刑の方が刑の執行猶予の言渡しを受けたF、Oに対する刑よりも実質的に不利益というべきである。したがって、被告人(懲役一〇月の実刑)の方がF、O(いずれも懲役二年、五年間刑執行猶予)より重い刑に処せられたというべきである。検察官の所論は採用できない(後述のとおり、被告人に対しては、懲役二年六月、五年間刑執行猶予の刑を科すが、これの刑を原判決の懲役一〇月の実刑と比較した場合でも、本件においては、その罪質、被告人の年齢、これまでの経歴、家族の状況、反省を深めていることなどからすれば、執行猶予の言渡しを取り消される可能性が乏しいと認められるから、後者の刑の方が重いというべきである。)。

以上のとおりであり、被告人を懲役一〇月の実刑に処した原判決の量刑は、不当に軽すぎるということはなく、むしろ不当に重すぎるというべきである。検察官の論旨は理由がないが、弁護人の論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書を適用して、更に次のとおり判決する。

原判決の認定した罪となるべき事実と同一の事実を認定し、被告人の判示各所為中、各現金供与による買収の点は平成六年法律第二号(公職選挙法の一部を改正する法律)附則八条により同法による改正前の公職選挙法二二一条一項一号に、各立候補届け出前の選挙運動の点は同附則八条により平成六年法律第二号(公職選挙法の一部を改正する法律)による改正前の公職選挙法二三九条一項一号、一二九条に該当するところ、観念的競合の処理、刑種の選択、併合罪の処理については原判決の挙示する法令を適用し、その処断刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、刑法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中二五日を右刑に算入し、刑法二五条一項によりこの裁判が確定した日から五年間右刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 川口宰護 裁判官 林秀文)

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